微男微女

日常の考察

【読書記録】同志少女よ、敵を撃て/逢坂冬馬

逢坂冬馬さんの「同志少女よ、敵を撃て」を読みました。

 

独ソ戦で狙撃兵として戦うセラフィマという女性が主人公の物語。セラフィマの胸には常に復讐心があり、それが戦う原動力でした。復讐心は、母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに対するものです。

 

タイトルの「敵」について、あらすじだけ読むと、報復の相手こそが敵なのだろう、あるいはドイツ兵全般を指すのだろう、と想像すると思いますが、小説を最後まで読めば、セラフィマにとって真の敵とは何だったのか、まったく別のものが見えてきます。

 

同時に、戦争における敵とは何なのか、戦う目的は何なのかについて、考えさせられます。

 

たとえば、ある登場人物は子どもを犠牲にしないために戦うと言い、その信念を貫きます。言葉通り、子どもを守るのです。敵であっても。

 

また、登場人物の一人にターニャという看護師がいます。彼女は「戦うのか、死ぬのか」という問いを突き付けられたとき、「どっちも嫌だ」と答えました。そして敵味方の区別なく、治療する。たとえヒトラーであっても治療するというのです。

 

そんなターニャが、こう言います。

以下、引用です。

「もしソ連の人民があたしみたいな考え方で、みんなみたいに戦う人がいなかったら、ソ連は滅んでいたし、世界はとんでもないことになっていただろうな」

セラフィマは無言でうつむいた。肯定も否定もできなかった。

けれど、とターニャは付け加えた。

「あたし、本気で思うんだ。もし本当に、本当の本当にみんながあたしみたいな考え方だったらさ、戦争は起きなかったんだ。だからヒトラーを治療したら、その後で殴ってはやりたい。なんでこんなことをした? って聞きたい。だから、あたしは自分について迷わない……(以下略)」

 

私の中で最も印象的だったシーンの一つです。

これだけではありません。心に強く残った場面は数え切れないほどたくさんあります。おすすめ、という言葉では生温く……「全員読むべき!!」と声を大にして言いたいです。

同志少女よ、敵を撃て [ 逢坂 冬馬 ]

価格:2,090円
(2022/9/13 17:21時点)

ではまた!

きゅうり(矢野友理)