セクシュアルマイノリティという概念を疑う
今日会った人がおもしろいことを言っていた。
「セクシュアルマイノリティという概念は信じられない」
「なんでですか」
「そもそもヘテロセクシュアルがマジョリティだとは思わない」
「なんでですか」
「ヘテロセクシュアルだと思っている人でも、それはこれまで好きになった人がたまたま異性だっただけで、今後もずっとそうだとは言い切れない」
「もちろん、その可能性は排除できないですが」
「だからヘテロセクシュアルがマジョリティだとは言い切れない」
これに対して私は2つの観点から反論した。
1点目。
ヘテロセクシュアルだと思っている人のうち、たしかに今後異性以外を好きになることがある人もいるかもしれない。
(セクシュアリティはグラデーションとか言われているし)
でも、それを合わせてもヘテロセクシュアルが多数派でなくなるとは考えにくい。
2点目。
マジョリティは人数が多いという意味もあるが、社会的に優位な立場にあるという意味もある。
だから今の社会ではたとえ人数が少なくなったとしてもヘテロセクシュアルはマジョリティだと思う。
(これに対しては、「ではなぜセクシュアルマイノリティを性的“少数者”と訳すのか」と言われた。私は「それは和訳した人に聞いてください」と答えた。)
主張に納得はしていない。
でもおもしろい。
おもしろいけれど、「そんなこと言ったら、今後誰がどうなるかなんて誰もわからないのだから、あらゆる概念を疑わなければならなくなるのでは?」とも思う。
ではまた!
きゅうり(矢野友理)